萩美人漬けの「糀」と「思い」の違い。

似て非なる、「糀漬け」の違い

いや、つくづく糀は、面白いですねえ。

日本の国菌とされている「糀(麹)」も、多くの種類があり、全然、別の性質のものも有ります。

「塩麹」ブーム・「発酵」ブームという流行り廃りにも一見見えがちですが、

もともと、昔から伝統食や調味料等幅広く、普通に使われてきており、

意識しなくても、我々は口にしている身近な菌です。

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当然、イカと麹の組み合わせも、昔からありますし、

珍しくないのですが、

「萩美人漬け」のベースとなっている考えは、これら、一般的なイカの糀漬けとちょっと違っていて、

「イカを柔らかくするため」とか、

「イカを発酵(化学変化)させて別の旨味を出すため」

といった考えは、一切ないのです。

イカの味は、変わってほしくないのです。(←ココ重要)

 

剣先イカを究極に楽しむ

須佐の漁師が一本釣りでとった、ケンサキイカの美味しさを、活イカで楽しむのが須佐男命いかの活き造り。

これはこれ。

活イカという一つの食べ方です。

当然、当店にお越しのお客様は、もう、おわかりかと思いますが、

梅乃葉では、活イカを「生」以外にも、「揚げる」「焼く」「蒸す」という味わいで楽しんで頂いております。

 

でも、「萩美人漬け」は、又、別の楽しみ方なのです。

ケンサキイカの、味わいを楽しむ、又、別の方法として、梅乃葉が全力でイチオシ!するのが、

酒造好適米(酒米)で作られた「甘糀」と、萩の海で作られた天然塩とのマリアージュです。

(※甘糀とは、甘酒のベースのようなものです。)

 

イカは、甘味と相性がよく、塩分も適度な、「甘じょっぱい」味が好まれます。

その甘味に、日本一をとる萩の酒蔵「澄川酒造場」が、純米大吟醸のために丹念に仕込んだ糀と酒米で、

究極の甘糀を作り使っているのです。

雑味のない優しい純粋な米の甘味で、甘酒が苦手な方でも全く問題のなく飲めてしまう味わいです。

 

この甘味と萩の天然塩がケンサキイカの旨味を優しく底上げし、地元産柚子の風味を付けただけの

極シンプルにしてそれぞれの素材の味にこだわった逸品です。

( ↑ ただ、混ぜるだけじゃぁ、この味は出ないんですよ。)

 

 

普通の甘糀をつくるだけなら、市販の麹でもいいんです。(材料もそこいらの米でもできます。)

でもそれだと、上記「重要」ポイントが、担保できないんです。

これは、「麹」を使う人でも、なかなか知ることのない重要なポイントで、

この意味がわかる方は、よほど、マニアックな酒好き麹使いか、

酒蔵の方ぐらいでしょう。

 

どうせ使うなら日本一を!

どうせ使うなら、日本一の酒米糀と酒米を頂いて、究極のマリアージュを作りたい。

それを、梅乃葉に来るお客様に楽しんで頂きたい。

そんな思いの、「萩美人漬け」です。

萩美人漬け
「萩美人漬け」(こうじ味・酒粕味・ひしお味)三種アソートパック

パックでは、「こうじ味」、淡く優しい甘味を【初恋】の味と表現しております。

 

 

近日中に、お店でのサイドメニューにインする予定でしたが、

ちょっと、おしてまして・・・8月からを目処に準備しています。

(店長が、地元の祭りごとにうつつを抜かしておりますので。。。)

店頭おみやげコーナーでは販売していますので、手土産に、酒好きのあいつに持って帰ってやって下さいw。

 

 

 

出会い多き2015年に感謝!2年越しのターンオーバーです!

師走です!年末になっていました!

本当にブログ書いていないですね。。。。(^^;)

ブログ投稿&メール配信に関しては、誠に申し訳ない年でしたね。

(本年15回くらいしか、投稿していない・・・)

 

花燃ゆやら、世界遺産で沸く萩観光の恩恵もあって、

確かに仕事に追われておりましたが、

それ以上に、トラブルや課題多き年で、焦燥感半端ない中、

コツコツと乗り越えてきました。

 

たくさんの出会いもありましたが、別れもあり、

様々な課題も、振り返れば、得難い学びの機会でした。

 

感謝!

 

今年は、活イカ漁も好調でしたし、

お客様も多く、萩観光だけでなく、須佐観光も好調でした。

振り返れば、今年も多くの方と出会えて、

新しい引き寄せに満ちていました。

 

温泉カメラマン!

特に、ここ最近は、毎週のように、ご縁に満ちていて、

物事がいい方向に突き進んでゆきます。

つい先日は、様々な梅乃葉の商品や素材などの写真を

全国からお呼びのかかる人気カメラマン「温泉カメラマン 杉本圭」さんに

撮って頂きました。

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2日間の撮影&セッション、

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勉強になりました。

「プロフェショナル」な仕事ぶりを腹落ちしながら見入っていました。

 

 

澄川酒造さんへも!

めちゃめちゃ忙しい時期の澄川酒造さんへもお邪魔し、

仕事ぶりを撮影させて頂きました。

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分単位で仕事を動かしている澄川さんにも、

奇跡的に時間を割いてもらうことができ、

お話させて頂けました。

 

第三者もいての話では、

普段聞けない話も出てきて、

相変わらずの刺激的な仕事っぷりは、

信念の強さ、哲学を感じずにはいられません。

 

なかなか間が悪く、いつも澄川さんとは

ゆっくり飲みながら話したいと思いつつも、

お互い、忙しいシーズンが真逆で、

立ち話ばかり。

まあ、いつかやりましょう。

 

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お土産に、今しか飲めない、「生酒」まで!!

 

 

なんで、澄川酒造に撮影に?

そりゃ、梅乃葉&澄川酒造コラボの

新商品が、ようやく・・・って話です。

 

紆余曲折、約2年越しの集大成、

さて、こっから、ターンオーバーです!!

益田公の存在が1秒で終わった「花燃ゆ」の件。。。

幕末史上最大の奇跡!

面白かったですね~。

個人的に一番見たいくだりでしたので、このあたりは、注目しています。

 

普通に、知らなかったんですよ。

なぜ、長州藩が、真逆の状況から倒幕に進むことになったのか。

高杉が挙兵してうんぬん・・・てのはわかってますが、

朝敵とまでなっていた長州藩が、まさに、大逆転してゆく背景と経緯・登場人物に、

興味があったんですね。

 

なんか、ダイジェスト版まんが日本史でも見ているかのように、

楽しく花燃ゆを見ています(笑)。

 

 

 

しかし!!

 

 

 

先週の放送ではショック!!

まったく、登場する機会を得なかった「益田公」。。。

ナレーターの池田さんが、オープニングで、

 

椋梨は「禁門の変」の責を三家老の切腹で恭順の意を表した。。。

 

てな、ナレーションを。。。。

 

 

あれ!?

 

今ので、益田公の登場は終わり?

最後まで、名前もでなかったし。。。。

 

先ず「益田公」と言っても、一般的には知名度は全く無いですから、

そもそも、今まで花燃ゆに取り上げられていないのは、残念でしたが、

これが留めかと思うと、無性に残念です。

 

益田親施(ますだちかのぶ):益田家三十三代

この幕末期の特に、久坂玄瑞が、下関にて外国船を攻撃するあたりまでの数年間、

毛利家家老の中でも、藩政最高位についており(椋梨なぞよりも、もちろん偉い)、

藩主敬親公の信頼も厚く、その後の長州激動の中、常に渦中にいた方です。

 

そもそも、面白いのは、松下村塾の塾生でもあるところです。(松陰より三歳年下。)

吉田松陰に学び、須佐の地に松下村塾の姉妹校「育英館」を創設、

吉田松陰も信頼していたようで、松陰からの多くの手紙が残っていたり、

育英館・松下村塾の間で、優秀な人材の塾生交換なども行われていました。

 

松陰が認めていた毛利家老中第一流の人材

松陰が藩政の内部の方(参議)に送った書簡の中に、益田公を推称しているくだりがあります。

「・・・・益田は行年二六・七歳、英気活発の人物にて、当時家老中第一流の人材に御座候。私門人に付幽因中にても兼て志を通じ居り候事に付き、勤王の一義に於いては常に其の志を同じ候儀に御座候・・・」

周布政之助は、益田公の部下にあたり、切っても切れない仲と言われています。

もともと、周布家は益田家の一族でもあって、

花燃ゆで、周布が活躍している時には、その裏には、益田親施が必ずいます。

周布が松下村塾の塾生らを応援する演出が多くありますが、それらの指示や思想自体、

益田公の思いであって、そこに、益田公が登場していないのは、須佐住民としては残念です。

 

「萩の土塀は”苆”(須佐)で持つ」

 

こういう言葉があるんです。

萩の防衛を支えているのは、土塀作りの素材”苆”(スサ)とかけて「須佐」であると。

言い換えれば、

北の防衛を担う「須佐という地域」全体という見方もできますし、

永代家老を勤め続けた「益田家」を指してるとも言えますが、

 

昔は、地名で人物を指して表現したように

そこを収める君主である益田公個人、

もっと極端に言えば、益田親施公を指していたかもしれません。(←まあ、それは言い過ぎかもしれませんが案外。。。)

 

 

タイミングを逃したのか!? 学ぶ機会を与えられたのか?

 

ドラマの脚本自体は、脚色されたものですが、

ドラマ化にあたって関係者の方が取材をされる時、

毛利家の歴史(幕末期)の中に、松陰、藩主、周布、久坂、桂らなどから、信頼を置かれていたこれだけの人物がいたということを、

伝えることが誰もできなかったことや、表にそういった話(文献)が出ていなかったことが、悔やまれます。

 

残念!

 

 

私個人は、もともと、幕末には興味がなかったのですが、地元の殿様は別です。

益田公が、須佐の地でしてくれたこと。その礎が、今の須佐を作ったわけですから、

そのルーツは、大変興味がありました。

 

花燃ゆには、登場しませんでしたが、

又、郷土史の文献を開く機会を得たことに、

大河ドラマの面白さを実感しています。

 

 

又、来週も楽しみです!

 

 

気がつけばお盆 ( ̄◇ ̄;)エッ・・・

恐ろしいスピードで、時が過ぎてゆきます。。。

気がつけばお盆。

お客様に、もっと、もっと、伝えたいこと、くっちゃべりたいこともあるっていうのに。。。

申し訳ございません。

正直、追われております。

 

気がついたら、メディアの方に取材して頂いているのに、お伝えしそこねているばかりか。

自分も見ておりませんでした。

気がつけば放送後。。。

先日、BS TBSの旅番組「素晴らしき日本 鉄道の旅」にて、

「放送されてたよ-」というお客様からの声。Σ(゚д゚;) ええぇ!?

 

本日は、KRY「熱血テレビ」にて、

「放送されていたよー」というお客様からの声。( ̄△ ̄;)エッ・・?

Screenshot of kry.co.jp

 

ありがたいお話なのに、

まったく、チェックが甘いというか、そもそも、告知すらできていませんでしたね。

申し訳ございませんでした。m(__)m

 

遅れているのか、必然の経緯なのか。。。

想定していたことが、遅れるというのは、よくあることですが、

思いもよらぬところで、時間がかかったり、結果として、仕事に反映されないというのは、

やはりもどかしいもので、焦りますね。

 

そんな時、個人的に、「このままでいいのかも!?」「ま、なんとかなるさ!」と、思えてしまうのが、

従業員の成長や進化を見た時です。

ご来店して、お気づきになられた方も多いと思いますが、昨年とはスタッフが、随分入れ替わっております。

ベテランのスタッフが退社し、数ヶ月目の新人がほとんどという状況の中で、

「梅乃葉のサービスとは」という点を、本当に、理解し、実践しようと、みんな一生懸命努力してくれています。

正直、高いハードルを要求しています。

(別に、高級料亭や割烹的サービスを求めているわけじゃないですよw)

 

その状況を知ってか知らずか、常連のお客様も、優しい方が多いのです。

失敗に対し、「いいよいいよ」と温かい目で見られたり、

怒らず、「仕方がないよね」的な寛容な態度。

頭が下がります。

 

ろくにブログも更新せず、メルマガも発行が遅れがち(←スミマセン)で、たいして情報発信していないのに、

多くのお客様に来て頂けているこの状況(いつも感謝しています)。

 

そういう状況の中で、従業員一人ひとりがお客様に目を向けたサービスを各々の判断で、提供している姿、

仕事に対し、進化している姿を見ると、本当に「必要な時間」というのを考えさせられます。

個性や経験・年齢もバラバラ。

でも、サービスを受けたお客様が、皆同じ思いを感じてくれる。

そんな態勢を目指し、

少しづつ、スタッフ一同、精進してまいります。

 

どうか、お盆期間、お手柔らかに(笑)。。。